名古屋地方裁判所 平成10年(行ウ)57号 判決 2000年3月10日
原告
山本晋太郎
右訴訟代理人弁護士
滝博昭
被告
熱田税務署長 大林敏治
右指定代理人
渡邉元尋
同右
平山友久
同右
奥野清志
同右
小林孝生
主文
一 本件訴えのうち、原告が平成七年一二月一日付けでした平成六年分所得税の更正の請求について、被告が平成八年一月三一日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消しを求める部分を却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告が、平成八年二月一日付けで、原告の平成六年分所得税についてした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を、いずれも取消す。
二 原告が、平成七年一二月一日付けでした、平成六年分所得税の更正の請求について、被告が平成八年一月三一日付けでした、更正をすべき理由がない旨の通知処分を取消す。
第二事案の概要
一 本件は、平成六年の所得税について青色申告をした原告が、右申告について更正の請求をしたところ、被告から、請求に理由がない旨の通知処分を受け、さらに、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、
1 右更正処分は、<1>分離課税の長期譲渡所得の計算において、原告の支払った立退料を譲渡費用として認めていない点、<2>分離課税の長期譲渡所得の計算において、借地権の価額を法人税基本通達に基づいて算定していない点、<3>不動産所得の計算において、賃貸に供している土地の購入代金の借入金利息を一部必要経費として認めなかった点で違法である
2 右通知処分の通知書には、所得税法(以下「法」という。)一五五条二項で要求されている右通知されていなかったから、右通知処分及び更正処分はいずれも違法であり、右更正処分を前提とする右過少申告加算税の賦課決定処分もまた違法である
と主張して、右各処分の取消しを求めるものである。
二 争いのない事実等
1 原告は、平成五年一〇月一三日、一光住宅株式会社(以下「一光住宅」という。)との間で、原告が、一光住宅に対し、別表二記載の土地(以下「本件土地」という。)を六億二九四九万円で譲渡する旨の契約を締結し(以下「本件売買」という。)、平成六年二月四日、本件土地を一光住宅に引き渡した(甲四)。
2 原告は、本件売買に際し、本件土地を賃借している名古屋工範株式会社(以下「名古屋工範」という。)に、本件土地上の建物を収去して本件土地を明け渡すことを求め、名古屋工範との間で、平成六年一月五日、立退料として二億円を支払うことを、同年九月一日、本件土地の借地権(以下「本件借地権」という。)の価額として一億二五八九万八〇〇〇円を支払うことをそれぞれ合意し、いずれも支払った(甲七及び八、一一及び一二、乙一四、原告本人)。
3 原告は、平成六年分の所得税について、平成七年三月七日、青色申告書の提出により、別表一「確定申告」欄記載のとおり申告をし(乙一)、同年一二月一日、同義「更正請求」欄記載のとおり、更正の請求をした。
4 被告は、原告に対し、平成八年一月三一日付けで、右更正の請求には更正をすべき理由がないと認められる旨の通知をした(以下「本件通知処分」という。)が、その通知書(以下「本件通知処分」という。)には処分の理由が附記されていなかった(甲二)。
被告は、さらに、同年二月一日付けで、別表一「更正及び賦課決定」欄記載のとおり、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分をした(甲一)。
5 原告は、平成八年三月一二日、右各処分を不服として、被告に対し、異議申立てをしたが、被告は、同年六月一三日付けでこれを棄却した。
原告は、同年七月九日、国税不服審判所長に対し、右各処分につき審査請求をしたが、同所長は、平成一〇年七月二四日付けでこれを棄却した(甲三の一と二)。
三 争点
1 原告が名古屋工範に支払った二億円は立退料と認められるか。
(被告の主張)
(一) 名古屋工範は、昭和六三年以降、営業利益がほぼ毎年赤字であり、名古屋工範の代表取締役である原告は、本件売買が決まる前から、名古屋工範の事業規模を縮小するために、本件土地の売却を考えていた。
また、原告は、右二億円の支払とは別に、名古屋工範に対し、本件借地権の対価として一億二五八九万八〇〇〇円を支払っている。
(二) 右事情からすれば、本件土地を売却するために、名古屋工範に対して立退科を支払う必要性は全くなかったのであって、右二億円は立退料ではなく、名古屋工範に対する資金援助とみるべきものである。
(原告の主張)
(一) 本件売買契約には、本件土地を更地にして引き渡すという特約があり、本件売買の実現には名古屋工範の立ち退きが不可欠であった。原告が、名古屋工範に対し、右立ち退きに伴い生ずる、名古屋工範の生産と営業の規模縮小に対する補償として、立退料を支払うのは当然である。
(二) 右二億円は、以下の金額をそれぞれ見積もった適正な金額である。
<1>移転補償金として
(1)建物等の取壊し、引越し費用 一〇〇万円
(2)除却した建物等の損失 二四〇〇万円
<2>経費及び補償金として
(1)人員整理の費用 一五〇〇万円
(2)機械、器具の売却損 二〇〇〇万円
<3>収益補償金として
規模縮小によって減少する収益 一億四〇〇〇万円
2 本件借地権の価額
(被告の主張)
本件売買においては、原告が名古屋工範から本件借地権を買い取り、一光住宅に譲渡したものと認められるところ、本件借地権の価額は、原告か借地権の対価として名古屋工範に支払った適正価額である一億二五八九万八〇〇〇円である。
(原告の主張)
本件土地の賃借人は法人である名古屋工範であるから、本件借地権の価額は、法人税基本通達一三―一―一五及び同一三―一―三により、二億〇二〇六万六二九〇円と算定されるべきである。
本件借地権という同一事実を対象として、原告と名古屋工範とは対向的な関係にあるのに、名古屋工範についてのみ、本件借地権の価額を法人税基本通達により計算するのでは、整合性がない。
3 不動産所得に係る必要経費の額に参入すべき借入金利息の額
(被告の主張)
(一) 原告は、名古屋工範に対し、平成元年八月二三日から、本件土地及び別表三記載の土地(以下「本件隣地土地」という。)を賃貸していたが、平成元年九月、本件隣地土地にかえて、本件隣地土地と等価交換した別表四記載の土地(以下「熱田区土地」という。)を賃貸するようになった。
平成六年の原告の不動産所得に係る収入は、本件土地及び熱田区土地の賃貸料収入である。
(二) 本件隣地土地取得のための借入金元本は、熱田区土地を取得するためのものとみなされるので、賃料収入に対応する必要経費として計上できる借入金利子の額(年額)は、本件隣地土地及び本件土地の取得のため直接要した費用(売買代金、仲介手数料、不動産取得税及び登録免許税)合計四億六七一二万二五五二円に対応する、一六三五万二四六四円である。
(三) もっとも、不動産所得の必要経費に算入すべき金額は、所得を生ずべき業務について生じた費用の額でなければならないところ、貸付けによる収入を生じさせていない不動産の取得のための借入金に係る利息は、当該不動産が不動産所得を生み出していない以上、不動産所得を生ずべき業務について生じた費用とはいえない。
本件土地は、平成六年一月に譲渡されており、原告の本件土地に係る賃貸料収入も一か月分であることから、必要経費に計上できる借入金利子も、本件土地部分については一か月分に限られる。したがって、必要経費として計上できる借入金利子の額は、別表六のとおり五六八万一二五四円である。
(原告の主張)
貸付けに供する不動産を取得するために一回的に借り入れた金銭の利息は、元本と同様一体性を有するから、途中で不動産が減少しても、利息全体が、不動産所得を生ずべき業務(残存不動産の賃貸)について生じた費用である。
本件土地を途中で譲渡しても、本件土地を取得するための借入金の返済は残っているし、原告は熱田区土地を引き続き賃貸して不動産所得を得ているのであるから、本件土地を取得するための借入金の利子のうち、必要経費に計上できる額は、一か月分に限られない。したがって、必要経費として計上できる借入金利子の額は、一六三五万二四六四円である。
4 本件通知書に理由を附記しなかったことは適法か。
(被告の主張)
(一) 法一五五条二項は、「総所得金額、退職所得金額若しくは山林所得金額又は純損失の金額の更正(前項第一号に規定する事由のみに基因するものを除く。)をする場合」に理由附記を要求しているが、本件更正処分においては、右列挙された金額に変化はない。
(二) 法一五五条一項の「金額の計算の誤り」は、単純な計算ミスのみならず、計算の基礎となった事実関係の誤りも含むところ、本件更正処分は、譲渡所得の金額の計算について誤りがあったことのみを理由とするものであって、同項一号に該当するから、法一五五条二項括弧書きにより、理由附記を要しない。
(三) 法一五五条二項の趣旨は、青色申告書提出承認のあった所得については、その計算を法定の帳簿書類に基づいて行わせ、その帳簿書類に基づく実額調査によらないで更正されることのないように保障している関係上、その更正にあたっては、特にそれが帳簿書類に基づいていること、あるいは帳簿書類の記載を否定できるほどの信憑力のある資料によったという処分の具体的根拠を明確にすることにある。そうすると、理由附記が要求されるのは、青色申告書提出承認のあった所得について更正する場合に限られる。
本件で、原告に青色申告書提出承認があった所得は不動産所得であるところ、本件更正処分は譲渡所得に係るものであるから、本件通知書にその理由を附記する必要はない。
(原告の主張)
土地、建物等の譲渡所得については分離課税とされているが、これは課税上の特例にすぎず、理由附記との関係では、譲渡所得金額の更正は総所得金額の更正にほかならない。したがって、本件通知書にも理由附記は必要である。
実質的にみても法一五五条二項の適用範囲をことさら狭く解することは処分庁の恣意を抑制し、処分の理由を相手方に知らせて不服申立てに便宜を与えようとする法の趣旨に反する。
第三当裁判所の判断
一1 原告は、本件更正処分及び本件通知処分双方の取消しを求めているところ、本件更正処分(増額更正処分)の取消しを求めれば、本件通知処分の取消しを求める利益はないとも考えられるので、右の点について職権で判断する。
2 更正請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分は、納税義務の内容を申告どおりに確定させる処分、増額更正処分は、申告を前提として、これに一定の税額を追加するものであって、増額部分についてのみの処分であると考えれば、右各処分は、それぞれ対象を異にする処分であって併存するし、双方の取消しを求める利益があるとも考えられる。
しかしながら、一個の納税義務の発生原因たる課税要件事実は、実体的に一体不可分であるから、これを分断して部分ごとに認定し、納付すべき税額を部分的に確定させるということはできないというべきである。また、更正による納税義務の確定も、課税の基礎となる事実をすべて調査した上で、その内容を全体として適性に確定すべきものであって、その一部についてのみの当否を判断すべきものではない。
したがって、増額更正処分は、単に増額部分のみならず、申告に係る部分を含む納税義務全体を対象としてこれを全体的に見直し、それを総額的に確定させる処分であると考えるべきであるから、増額更正処分がされた以上、それ以前に行われた通知処分の取消しを求める利益はないというべきである。
3 もっとも、申告納税制度は、申告の内容で納税義務を確定させ、原則として、更正の請求以外の方法でその内容を争わせないものであるから、申告額を超えない部分については、更正の請求を行っていなければ、それを争うことはできないと考えられる。
この点、本件において、原告は更正の請求を行っており、しかも、本件通知処分が確定する前に更正処分が行われているから、本件更正処分時において、原告の申告は、申告額を超えない部分についても不確定の状態にあったものである。したがって、本件更正処分についてのみ争えば、右申告額を超えない部分についても争うことができるものと考える。
4 以上のことからすれば、本件において、原告に、本件通知処分の取消しを求める利益はないものというべきである。
二 争点1(原告が名古屋工範に支払った二億円は立退料と認められるか。)について
1 証拠(甲四、七ないし一三の二、一七ないし二〇、乙二ないし二九の四、原告本人、証人長本草太郎)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告の父親である山本喜六(以下「喜六」という。)は、昭和六〇年二月二六日、株式会社浅井鉄工所及び同社の代表取締役である浅井金次郎から、本件土地及び本件隣地土地を四億五三七七万八八九〇円で、本件土地上の工場等の建物(以下「東郷工場」という。)を一〇〇〇万円で、それぞれ購入した(甲一八及び一九、乙一五、一六、一九ないし二一)。喜六が右各土地に関して支払った費用は、不動産取得税二九〇万五五八三円、登録免許税三六三万一九七九円、仲介手数料六八〇万六一〇〇円(右土地建物についての仲介手数料六九四万五〇〇〇円を、土地部分の取得金額で按分した金額)である(争いがない。)。
喜六は、右土地建物の購入資金として、株式会社三和銀行新瑞橋支店から一億円、株式会社三和ビジネスファイナンス(後に三和ビジネスクレジット株式会社と商号変更)から四億円の合計五億円を借り受けた(甲一九、乙一五、一六、一九ないし二一、二九の一と三)。
(二) 喜六は、右土地建物を名古屋工範に賃貸していたが、昭和六三年三月、東郷工場を同社に売却したため(甲一九)、その後は、土地のみを賃料月額三〇〇万円で賃貸していた。右賃料は、名古屋工範の顧問税理士である長本草太郎(以下「長本税理士」という。)のアドバイスにより、年額賃料が購入価格の八パーセントとなるよう設定されたものである(原告本人)。
喜六は、平成元年八月二三日に死亡し、相続人である原告が、本件土地及び本件隣地土地を相続により取得した(乙一五、一六、一九ないし二一)。原告は、引き続き、名古屋工範に対し、本件土地及び本件隣地土地を賃料月額三〇〇万円で賃貸していたが(甲二〇)、同年九月二一日、本件隣地土地と名古屋工範が所有していた熱田区土地とを等価で交換した上、それまで賃貸していた本件隣地土地にかえて、熱田区土地を賃貸することとした(乙一五、二二、二四ないし二七、原告本人)。
(三) 名古屋工範は、熱田区土地上の工場(以下「熱田工場」という。)では主に人力防除機の、東郷工場では主に刈払機の製造を行っていたが、昭和六一年以降、営業利益は毎年赤字が続いている状態であった(原告本人)。
なお、昭和六三年六月期(昭和六二年七月から昭和六三年六月までの決算期。以下同様である。)から平成九年六月期までの、名古屋工範の決算状況は、別表七のとおりである(乙二ないし一一)。
原告は、右土地建物取得のための借入金元本をなかなか返済することができず、平成四年ころから、金融機関から借入金元本返済の督促を受けるようになった。そこで、原告は、東郷工場での業務をやめて本件土地を売却せざるを得ないと考えるようになり、同年九月三日には、本件土地を売却の仲介を依頼するに至った(乙一二、原告本人)。名古屋工範も、東郷工場での業務をやめることについては承知しており、その準備として、このころから受注も減らしている(原告本人)。
(四) 右当時、原告の借金は五億円、名古屋工範の借金は三億円であったため、原告は、これら借入金返済のため、本件土地を少なくとも八億円以上で売却したいと考えていたが、本件土地にはなかなか買手がつかなかった(乙一二、原告本人)。
原告は、平成五年九月になって、本件土地の売買代金が八億円を下回ることもやむを得ないと考えるようになり、同年一〇月一三日、一光住宅との間で、本件売買契約を締結し、代金六億二九四九万円のうち手付金六三〇〇万円を受け取った(甲四、乙一二、一三)。本件売買契約には、本件土地を更地にして引き渡すという特約が付されていた。
(五) 原告と名古屋工範は、平成六年一月五日、本件賃貸借契約を合意解約し、名古屋工範が同年一月末日までに東郷工場を収去して本件土地を明け渡し、原告が名古屋工範に対し立退料として二億円を支払う旨の合意をした(甲七、一〇)。右二億円という金額は、長本税理士が算定したものであるが、長本税理士は、本件土地の賃料が相当の地代(法人税基本通達一三―一―二及び法人税施行令一三七条参照。もっとも、これらは、法人が借地権を設定して他人に土地を使用させる場合についての規定である。)であったことから、右算定時において、本件借地権の価額はゼロ円であろうと考えていた(長本証人)。
名古屋工範は、同月六日の取締役会において、経営の合理化と財務内容の改善をはかるため、東郷工場の廃止を同月末日までに実施することを決議し(甲九)、現実に東郷工場を解体して、解体費用及び引っ越し代合計一五九万六五〇〇円を支払った(甲一三の一と二、原告本人)。
(六) 同年二月四日、一光住宅から原告に対し、本件土地の残代金五億六六四九万円が支払われた。原告は、右残代金のうち、九〇〇〇万円を、名古屋工範の株式会社アプラスに対する借入金の返済に充てるため、即日名古屋工範に貸し付け、同月八日には、一億四〇〇〇万円を本件土地及び本件隣地土地購入のための株式会社三和銀行からの借入金の返済に、二億円を名古屋工範に対する立退料の支払にそれぞれ充て、七〇〇〇万円を名古屋工範に対して貸し付け、四五〇〇万円は、本件土地及び本件隣地土地購入のための借入金の返済の原資として、定期預金に預け入れた(甲一一、原告本人)。名古屋工範は、右二億円の支払を受けた二月八日に、二億一四〇七万七〇〇〇円を株式会社三和銀行に返済した。
(七) 長本税理士は、本件借地権にも名古屋工範が得るべき対価があるのではないかと考えるようになったため、原告に対し、新たに、名古屋工範との間で、借地権の対価を支払う旨の合意をするよう進言した。原告は、平成六年九月一日、名古屋工範との間で、本件借地権の価額を、相続税に係る昭和六〇年直資二―五八相続財産個別通達6(1)に基づき、売買価額の二〇パーセントである一億二五八九万八〇〇〇円とすることで合意した(甲八)。右金員は、同日付けで、原告の名古屋工範に対する貸付金と相殺された(甲一二、乙一四)。
2 以上のことからすれば、原告は、本件売買の一年以上前から、名古屋工範の経営建て直しや、本件土地の売却による自己の借金返済及び名古屋工範の経営縮小を計画していたものと認められる。そして、原告は、平成四年九月三日には、本件土地の売却の仲介を正式に依頼しているのであって、遅くともその時点では、東郷工場の閉鎖は、原告及び名古屋工範の承知していたことであったから、何らかの営業補償をしない限り、名古屋工範が本件土地から立ち退かないという事情はなかったものである。
また、原告は、名古屋工範に対し、本件売買代金のうち四億円以上を渡しており、これは、原告が本件売買代金のうち自己の借金返済に充てた、一億八五〇〇万円の二倍以上になる。名古屋工範は、原告から受け取った金員により、別表七のとおり、本件売買日を含む平成五年六月期末において約一億六〇〇〇万円だった長期借入金を、翌決算期末においては約九〇〇〇万円と大幅に減少させ、短期借入金についても銀行からの借入金をなくし、平成五年六月期までは一二五〇万円だった原告からの借入金を約二億円に増加させている。つまり、本件売買代金の多くは、原告から名古屋工範に流れたものである。
そして、名古屋工範の営業利益も、東郷工場を途中で閉鎖した平成六年六月期には八五〇〇万円の赤字であったものが、翌平成七年六月期には二五〇〇万円の赤字に減少し、さらに翌平成八年六月期には黒字に転じている。東郷工場の閉鎖により、名古屋工範の売上げ自体は減少しているのであるから、これは、東郷工場での営業を続ければ続けるほど、赤字を増加させていたことを意味するものである。
以上のとおり、結局、原告は、名古屋工範に東郷工場を廃止させることより、かえって名古屋工範の営業利益を増加させ、同社の経常を立て直したものと認められるのであって、名古屋工範に、立ち退きによって生じる営業上の損失があったとは認められない。また、名古屋工範は、東郷工場の廃止自体も予測していたのであり、営業補償的な立退料の支払が不可欠であったとも認められない。
3 さらに、原告は、立退料二億円のうち一億四〇〇〇万円とされる営業補償の算定根拠を、平成六年六月期の予想売上高を二億六〇〇〇万円とし、前年度である平成五年六月期の売上高四億円との差額一億四〇〇〇万円を規模縮小による収益減とし、その二年分である二億八〇〇〇万円を基準として、粗利益五〇パーセントで算出したとするが(甲二三)、別表七のとおり、名古屋工範の粗利益は約三〇パーセントにすぎないのであって、右計算には根拠がない。これに、右2に述べた事情を併せ考えると、原告の主張する営業補償費の支払は名目上のものであり、その実質は名古屋工範に対する資金援助であったというほかはない。
4 被告は、前記1(七)の一億二五八九万八〇〇〇円は本件売買の費用であるが、立退料として支払われた二億円はすべて資金援助であると主張する。
しかしながら、前記1認定の事実によれば、右一億二五八九万八〇〇〇円は、二億円の支払がなされた平成六年二月の段階では、その支払について原告と名古屋工範の間では全く話が出ておらず、同年九月になって長本税理士の意見に従って支払に関して合意がなされるに至ったものであり、平成六年一月五日に二億円の支払を合意した段階では、当事者は右二億円の支払をもって立ち退きに関するすべての費用の支払がされ、すべての補償がなされるものと認識していたものと認められる。そうすると、右二億円のうちには、資金援助のほか、通常立退料として補償され、支払われる費用も含まれていたとみるのが相当である。そして、後に支払われることとなった一億二五八九万八〇〇〇円は、すべて本件借地権の価額であって、これ以外の費用は含まれていないと認められる。
5 そこで、原告が、本件売買の費用として主張しているところについて、その当否を検討する。
本件売買契約には、原告が本件土地から建物を除去し、更地として一光住宅に引き渡す旨の特約が付されており、また、本件土地には、名古屋工範が本件借地権を有していたのであるから、原告が、平成六年一月五日に名古屋工範から本件借地権を買い取り、同年二月四日、それを一光住宅に譲渡したものと認められる。
したがって、本件土地のうち本件借地権部分(以下「本件借地権部分」という。)については、平成六年一月一日時点において所有期間が五年を超えておらず、その余の底地部分については、五年を超えているため、各部分を原告がそれぞれ譲渡したものとして、前者については短期譲渡所得(租税特別措置法三二条一項)として、後者については長期譲渡所得(同法三一条一項)として、譲渡所得を計算することになる(所得税基本通達(以下「通達」という。)三三―一一)。
なお、原告は、立退料として支払われた二億円を、本件土地の底地部分の譲渡費用と主張するが、譲渡費用には、取得費とされるものが除かれているところ(通達三三―七)、右二億円は、原告が名古屋工範から本件借地権部分の返還を受けるに際し支払われたものであり、右部分の取得に係るものである。したがって、短期譲渡所得の取得費(法三八条一項)と認められるかどうかについて検討を加えることとする。
(一) 東郷工場の取壊し費用及び引っ越し費用 一〇〇万円
名古屋工範は、本件借地権部分の返還に際し、東郷工場を取り壊して、その業務の一部を熱田工場に移転しているところ、本件売買においては、原告が本件土地を更地にして一光住宅に引き渡すことが契約条件となっており、原告と名古屋工範の間においても、名古屋工範が本件土地を更地にして返還することが合意されていたのであるから、本件土地上の建物の取壊し及び引っ越しの費用は、本件借地権部分の取得費と認められる。
原告は、二億円のうち一〇〇万円を取壊し費用及び引っ越し費用として考慮したと主張するところ、証拠(甲一三の一と二、二一の一、原告本人)と弁論の全趣旨によると、実際には取壊し費用として一三五万円及び引っ越し費用として二〇万円、消費税込みで合計一五九万六五〇〇円を原告が負担したものと認められる。なお、一光住宅との売買契約においては、除去に係る費用は、売主である原告と買主及び仲介業者が各三分の一ずつ負担することになっているところ(甲四)、原告本人の供述によると、右一五九万六五〇〇円(厳密には、取壊し費用一三五万円とその消費税のみである。)は、除去に係る費用を三等分した額であると認められる。
現実に一五〇万円以上を要している事実に照らすと、立退料のうち取壊し費用及び引っ越し費用分として考慮された一〇〇万円は、相当であったと認められる。
(二) 東郷工場の除去損失 一一七二万六一六四円
東郷工場の除去損失は、右(一)と同様の理由から、取得費と認められる。
原告は、除去損失を二四〇〇万円であると主張しているところ、右金額は、減価償却を一部実施していない、現行制度の税務上の実際簿価を基準とするものである(甲二三)。しかしながら、除去損失は、除去時点での建物の価値を失ったことによる損失であり、取壊し時点における建物の価額を基準とするべきであるから、別表八のとおり、減価償却を行った金額である一一七二万六一六四円を基礎とすべきである。
したがって、除去損失は、一一七二万六一六四円の限度において、立退料として相当である。
(三) 生産規模縮小に伴う人員削減費用 〇円
原告は、東郷工場の廃止に伴い五名の人員削減が必要と見込まれ、現に、右工場の廃止に伴い退職することとなった名古屋工範の従業員五名に対して退職金及び平成六年並びに七年の給与合計二七六六万二六〇七円を支払ったと主張する(甲一七、二三)。
しかしながら、退職金は、本件売買が行われるか否かにかかわらず、従業員が退職する際には通常支払うべきものであるから、本件においても、単に本件売買を契機として支払われているにすぎないということができるのみならず、証拠(甲一七、原告本人)によると、現実には、東郷工場の廃止時若しくはその後すぐに退職した者はなく、原告の主張する五名の者も、廃止後二年近く勤めたというところ、このような事実からすると、立退斜について合意された平成六年一月五日当時において、人員整理の予定があったとは認め難く、立退料二億円の中に人員整理費用が含まれていたとは認められない。
(四) 機械及び金型の除去損失 八九四万二三一〇円
前記1認定のとおり、東郷工場の廃止に伴い、熱田工場へ移転できなかった刈払機製造事業については、廃止せざるを得なかったのであるから、右廃業部分に係る機械及び金型の除去損失は、右(一)及び(二)と同様の理由から、立退料の算定にあたって考慮したことは正当と思料される。
もっとも、原告は、除去損失を二〇〇〇万円であると主張しているところ、右金額は、(二)の主張と同様、税務上の実際簿価を基準とするものであって(甲二三)、損失状況を正しく反映している金額ではないから、(二)と同様の理由から、別表八のとおり、減価償却を行った金額、すなわちNC旋盤等の機械については、一七九三万六五六〇円、金型については一〇〇万五七五〇円とみるべきである。もっとも、右機械については、一〇〇〇万円で処分が見込まれていたと認められるから、これを差し引いた七九三万六五六〇円を立退料に算定することになる。
なお、名古屋工範が、右金型を韓国ダイシンに四六〇万円相当として現物出資しているが、証拠(原告本人)によれば、右現物出資の話が持ち上がったのは、除却後一年以上を経過した平成七年六月ころであり、たまたまダイシンが刈払機の製造業を開始しようとしたからであって、二億円の立退料の合意があった平成六年一月五日当時において、このように処分できることは予測できなかったと思われるから、右現物出資相当額を差し引くのは相当でない。
したがって、除去損失は、八九四万二三一〇円の限度において、相当な立退料として取得費と認められる。
6 以上のとおり、本件において相当な立退料と認められ、本件借地権部分の取得費として算入すべきは、右5(一)、(二)及び(四)の合計額二一六六万八四七四円及び次に認定する本件借地権の価額の合計額となる。
三 争点2(本件借地権の価額)について
1 被告は、本件借地権の価額を、その売買価格である一億二五八九万八〇〇〇円であるとして、原告の分離課税の長期譲渡所得を計算している。譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるところ、右金額は、本件借地権の譲渡時の客観的価値であると認められるから、税額の計算においても、右金額が基礎とされるべきである。
2 原告は、右価額を、法人税基本通達により二億〇二〇六万六二九〇円と算定すべきと主張するが、原告は法人ではないから、所得税の算定に際し、法人税基本通達が適用されるものではない。
原告は、同一の借地権の取引について、法人は法人税基本通達により、自然人は所得税法により、異なる算定をするのは整合性がないと主張するが、法人税は、法人が正常な取引条件の下、合理的な経済活動を行うことを前提に、理論上の価格を基礎にして計算するもの、所得税は、個人の実際の収入に応じて課税するものであって、そもそも課税の前提としての思考方法を異にするのであるから、算定方法において整合性が要求されるものではない。原告の主張には理由がない。
3 以上により、本件借地権部分の取得費は、前記二で認定した二一六六万八四七四円に、本件借地権の価額である一億二五八九万八〇〇〇円(通達三八―四の二(1)イ)を加えた一億四七五六万六四七四円となる。
四 争点3(不動産所得における必要経費の額に参入すべき借入金利息の額)について
1 被告は、本件において、不動産所得における必要経費の額に算入すべき借入金利息の額を別表六のとおり計算している。
原告、右計算のうち、借入金利息を本件土地部分と熱田区土地部分に分離して計算している点、及び、原告が平成六年において本件土地を所有していた一か月間についてのみ、本件土地に係る利息を必要経費の額に算入することを認めた点を不服とするので、これらの点について判断する。
2 法三七条一項は、必要経費に算入すべき金額について、「当該総収入金額を得るために直接に要した費用の額」等である旨規定している。そして、原告の不動産所得の総収入は一六七五万円であるところ、これは、平成六年一月ないし一二月分の熱田区土地の賃料及び同年一月分の本件土地の賃料による収入である(争いがない。)。
つまり、本件土地は、平成六年二月から一二月までの間は、原告に賃料収入(不動産所得)を生じさせていないのであるから、原告は、本件土地に関しては、平成六年二月以降賃貸業務を廃止したのと同じことであって、そこに経費が発生する余地はないものである。不動産所得がありさえすれば、貸付けに供している不動産が減少しても、経費が減少することはない旨の原告の主張は、売上額から当該売上げを得るのに必要な経費を引いた利益額に課税しようとした法の趣旨を逸脱するものであって、採用できない。
3 原告は、同一の機会に借り入れた元本の利息は一体であると主張するが、その根拠が不明であるのみならず、喜六自身、本件各土地購入のための金銭を二つの金融機関から借り入れているのであるから(しかも、株式会社三和ビジネスファイナンスからの借入れは、二口に分かれている。)、借入金元本が一体であるともいえない。原告の主張は独自の見解をいうにすぎず、採用できない。
4 したがって、原告の不動産所得に係る借入金利子の額は、五六八万一二五四円となる。
五 争点4(本件通知書に理由を附記しなかったことは適法か。)
1 法一五五条二項が、青色申告書に係る年分の総所得金額等、同項に規定する金額の更正をする場合に、その更正通知書に理由を附記しなければならないとしているのは、同法が青色申告書提出承認のあった所得については、その計算を法定の帳簿書類に基づいて行わせ、その帳簿書類に基づく実額調査によらないで更正されることのないように保障している関係上、その更正にあたっては、特にそれが帳簿書類に基づいていること、あるいは帳簿書類の記載を否定できるほどの信憑力のある資料によったという処分の具体的根拠を明確にする必要があり、かつ、それが妥当であるとしたからにほかならない(最高裁判所昭和三六年(オ)第八四号同三八年五月三一日第二小法定判決、民集一七巻四号六一七頁参照)。そうすると、右理由の附記は、法定の帳簿書類の記載に基づいて計上されるところの青色申告書提出承認のあった所得について更正のあった場合に限られるべきは当然であって、青色申告に対する更正であっても、それ以外の部分に関する場合には、白色申告に対する更正と同様に処理されれば足りるものと解するのを相当とする(最高裁判所昭和三九年(行ツ)第六五号同四二年九月一二日判決)。
2 本件において、青色申告書提出承認の対象となるのは不動産所得であるところ(法一四三条)、更正の対象となったのは分離課税の長期譲渡所得にかかる部分であるから、右のとおり本件通知書に理由附記は必要ないのであって、原告の主張には理由がない。
六 まとめ
1 以上認定の金額及びその他の争いのない金額を前提とすれば、原告の平成六年の納付すべき税額は、以下のとおりとなる。
(一) 総所得金額 二二三七万四六二一円
右金額は、次の(1)ないし(3)の合計金額である。
(1) 不動産所得の金額 一〇〇九万三六四六円
右金額は、次のアの金額からイ及びウの金額を差し引いた金額である。
ア 収入金額 一六七五万円
イ 必要経費の額 六五五万六三五四円
右金額は、次のAないしDの合計額である。
A 租税公課 六八万二七〇〇円
B 支払手数料 一〇万円
C その他の経費 九万二四〇〇円
D 借入金利子 五六八万一二五四円
ウ 青色申告特別控除の額 一〇万円
右金額は、租税特別措置法二五条の二第一項一号に規定する金額である。
(2) 配当所得の金額 一九万五九七五円
(3) 給与所得の金額 一二〇八万五〇〇〇円
(二) 分離課税の長期譲渡所得の金額 一億三二七三万七一五〇円
(1) 短期譲渡所得の金額 マイナス二四九九万六八四〇円
右金額は、次のアの金額からイ及びウの金額を差し引いた金額である。
ア 収入金額 一億二五八九万八〇〇〇円
右金額は、本件借地権の買取り金額に相当する金額である(通達三三―一一の二(1))。
イ 取得費の額 一億四七五六万六四七四円
ウ 譲渡費用の額 三三二万八三六六円
右金額は、本件譲渡に係る譲渡費用である測量費一四四万一八三二円及び仲介手数料一五二〇万円の合計額一六六四万一八三二円に、売買代金六億二九四九万円のうちに右アの収入金額一億二五八九万八〇〇〇円が占める割合を乗じて計算した金額である(通達三三―一一)。
(2) 長期譲渡所得の金額 一億五七七三万三九九〇円
右金額は、次のアの金額からイ及びウの金額を差し引いた金額となる。
ア 収入金額 五億〇三五九万二〇〇〇円
本件土地の売買代金六億二九四九万円から本件借地権部分に係る収入金額一億二五八九万八〇〇〇円を差し引いた金額である(通達三三―一一の二(2))。
イ 取得費の額 三億三二五四万四五四四円
本件土地に係る取得費の額は、本件土地及び本件隣地土地の取得に要した金額四億六七一二万二五五二円に、別表五の本件土地の相続税評価額の割合(〇・七一一九)を乗じて計算した金額である。
ウ 譲渡費用の額 一三三一万三四六六円
右金額は、本件譲渡に係る譲渡費用である測量費一四四万一八三二円及び仲介手数料一五二〇万円の合計額一六六四万一八三二円に、売買代金六億二九四九万円のうちに右アの収入金額五億〇三五九万二〇〇〇円が占める割合を乗じて計算した金額である(通達三三―一一)。
(3) 損益通算後の長期譲渡所得の金額 一億三二七三万七一五〇円
右金額は、法六九条一項及び所得税法施行令一九八条の規定により、右(1)の短期譲渡所得の金額と右(2)の長期譲渡所得の金額を損益通算した後の金額である。
(三) 課税総所得金額 一九六六万八〇〇〇円
右金額は、前記(一)の総所得金額二二三七万四六二一円から所得控除の額二七〇万六五一〇円を控除した後の金額(ただし、国税通則法一一八条一項の規定により千円未満の端数を切捨てた後の金額)である。
(四) 課税長期譲渡所得の金額 一億三一七三万七〇〇〇円
右金額は、前記(二)の(3)の長期譲渡所得の金額一億三二七三万七一五〇円から、一〇〇万円を控除した(租税特別措置法三一条四項)後の金額(ただし、国税通則法一一八条一項の規定により千円未満の端数を切捨てた後の金額)である。
(五) 納付すべき金額 二二一四万八〇〇〇円
納付すべき税額は、別表九のとおり二二一四万八〇〇〇円になる。
2 右によると、原告が平成六年分の所得税として納付すべき金額は二二一四万八〇五七円であり、本件更正処分によって原告が納付すべきとされた税額二一七八万八九〇〇円は右金額の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。
また、本件更正処分が適法である上、原告が平成六年分の所得税を過少に申告していたことについて正当な理由はないから、本件賦課決定処分も適法である。
七 以上判示したところによれば、原告らの請求は、本件通知処分の取消しを求める部分において不適法であるから却下することとし、その余の請求については理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 佐藤哲治 裁判官 達野ゆき)
別表一
「本件課税処分の経緯」
<省略>
別表二
「本件土地」
<省略>
別表三
「本件隣地土地」
<省略>
別表四
「熱田区土地」
<省略>
別表五
「本件土地及び本件隣地土地の昭和60年の相続税評価額」
<省略>
別表六
「必要経費となる借入金利子の額の計算」
<省略>
別表七
名古屋工範(株) 決算状況一覧表
<省略>
別表八
<省略>
別表九
納付すべき税額
<省略>